4 index
5
二本松写真ニュース
2012年
日号
(平成24年)
http://pnews.bine.jp
(1200×1700)
 先月の話題。4月29日(日)は二本松市亀谷坂の白虎稲荷の春祭り、例年行事が重なってなかなかお参りできないでいた。
 御輿は10時過ぎに白虎稲荷下の亀谷会館を出発、坂頂上まで往復して、亀谷平を通過、更に池の入り見付まで と亀谷町を一周し、還御は午後2時近くなった。
 当日は 良く晴れて 昼過ぎには29.6度まで上り 今年初めての夏日。上半身裸の若連、御輿還御のとき、背中は真っ赤に日に焼けていた。
亀谷会館前での出発式、巡回バス「春らんまん号」通過中。
亀谷坂頂上通過中、先行するトラックには お囃子連中が 乗る。
亀谷 白虎稲荷縁起
 ここで、読者各位のご参考までに、二本松郷土研究家今泉次左衛氏から提供していただいた資料によって「白虎稲荷神社」の縁起のあらましをご紹介しよう。
この神社は亀谷坂中腹より少し下、左側の路を入ったところ鳥居(明治44年初午建立)をくぐり上下77段の上、老杉そびえ、南方の眺望よきところに鎮座まします。町内一同の火難除け、家内安全、福徳祈願の霊場である。
 初め丹羽公が白河から二本松に移封されるや、廓内鹿子舘(池ノ入)に在った玉壷山鏡石寺が現在(亀谷)の地に移された。青山六太夫といふ武士が、寺の境内の山を歩いていると、一匹のきつねが現れて、ここに祠を建てよと導いた。文久三年十一月、二本松藩士吉村吉衛門が京都から正一位稲荷大明神の神位を賜はってきたと伝説されている。現在の拝殿はこの時の建立である。尚、奥の殿は、二本松市若宮旅館「見晴」(館主車田博氏)の処に住んでいた豪商朝倉理兵衛といふ人の氏神の建物を移したものである。明治の初年のことである。

   福島中央新報 昭和39年3月26日、
   霞城春秋「二本松風物誌」水尾うねめ氏筆。
御輿の還御、若連の背中は日焼けで真っ赤。
wtadashi@nifty.com
【 email 】
第一次公開2008−03−11
二本松藩だより
【関連ブログ】