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二本松写真ニュース
2010年
日号
(平成22年)
http://pnews.bine.jp
(1200×1700)
 明治元年7月29日は 戊辰戦争における二本松開城の日。少年隊の待ち構える大壇口に西軍の先鋒薩摩軍が現れたのが午前7時と伝えられる。死闘2時間、「戊申戦争中、第1の激戦」とたたえられた霞ケ城の要衝大壇口の戦いで二本松藩は敗走。城には火が掛けられた(二本松少年隊の話・紺野庫治)。
 少年隊墓前祭は藩主の菩提寺大隣寺、明治二年という早い時期に建立された巨大な戦死群霊塔、昭和8年にはその両脇に少年隊戦死16名の銘々碑建立(二本松寺院物語・平島郡三郎)、それを墓碑として執り行われる。墓前祭では 詩吟・献花・焼香の後、二本松少年隊に関する作文や書の入賞者の表彰が行われ、優秀作品の発表が行われた。午後からは第一回「城」フェスタ二日目、霞ケ城千人溜で、相馬外天会古武術演武・火縄銃射が披露された。演武時刻の少し前から会場はにわか雨、傘無しでは耐えられないほど強い降り。「雨に弱い」とされている火縄銃、演武できるのかと思いきや、傘も差さず雨水をしたたらせたままの「ずぶ濡れ」状態での射撃。普通通りに発射された。火縄銃、雨に弱い、雨の中では使えない、は 虚説であった。
入賞者勢揃い、市長と旧藩主と記念写真。
墓前祭会場大隣寺境内会場は正面奥。 作文の部の最優秀賞、岳下小6年のSさん。
百匁筒の噴煙。  今回の演武は 旧二本松藩主の前での
いわば「御前試合」。
百匁筒はいわば「曲射砲」照尺も大きい。
相馬外天会のメンバーと、旧二本松藩主が二本松城高石垣を背景に記念撮影。
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第一次公開2008−03−11